Carlo Crocco (Hublot)
カーロ・クロッコ(1944年10月7日 – 現在)は、スイスの高級時計ブランド「ウブロ」の創設者として知られるイタリアの時計職人兼起業家である。革新的な素材とデザインの融合によって時計業界に革命をもたらした。時計製造の伝統を持つ家系に生まれたクロッコは、幼少期から時計作りに魅了されていた。彼の家族は、いくつもの成功した時計ブランドを手がけた名門企業「ビンダグループ」を通じて業界に深く関わっていた。しかし、クロッコは家業を継ぐのではなく、自らの道を切り開くことを決意した。

1970年代、クロッコはエレガンスとスポーティさを兼ね備えた、あらゆるシーンに適した時計を作りたいと考えるようになった。彼のアイデアの核となったのは、高級時計製造において革新的な素材を採用すること、とりわけラバーストラップの使用だった。当時、高級時計業界ではラバーはほとんど使われておらず、この発想は異例のものだった。自身のビジョンを実現するため、クロッコはイタリアを離れ、スイスで独立したブランド「MDMジュネーブ」を1980年に設立した。ブランドの最初の作品である「ウブロ(Hublot)」は、フランス語で「舷窓(ポートホール)」を意味し、丸みを帯びたミニマルなケースデザインと独自のラバーストラップが特徴だった。

1980年のバーゼルワールド時計見本市で「ウブロ」が発表された際、業界内では興味と疑念が入り混じった反応が見られた。ゴールドケースとラバーストラップの組み合わせは、レザーやメタルブレスレットが主流だった伝統的なスイス時計業界の常識を覆すものだった。しかし、業界の懐疑的な反応とは裏腹に、「ウブロ」は独創的なデザインと現代的な魅力を評価する顧客の間で急速に人気を博した。特に、ヨーロッパの王族やスポーツ選手などの支持を受け、ブランドの独占性とステータスを確立していった。

クロッコの職人技と革新へのこだわりは、「ウブロ」のアイデンティティを確立する基盤となった。1980年代から1990年代にかけて、ブランドの知名度は着実に高まり、クロッコは自らデザインと製造を監修し続けた。品質と革新性への強いこだわりが「ウブロ」をニッチな高級時計ブランドとして確立させ、熱心なファン層を獲得した。しかし、2000年代初頭、クロッコはブランドのさらなる成長と拡大を模索し、より積極的な経営戦略を導入することを決意。2004年にはジャン=クロード・ビバーをCEOに迎え入れ、この決断が「ウブロ」の歴史を大きく変えることとなった。

ビバーのリーダーシップの下、クロッコが創業者として指揮を執る中で、「ウブロ」は2005年にアイコニックな「ビッグ・バン」コレクションを発表した。この時計は、ブランドの理念である「アート・オブ・フュージョン(融合の芸術)」を体現しており、ゴールド、セラミック、ケブラー、チタン、ラバーなど多彩な素材を組み合わせた大胆なデザインが特徴だった。「ビッグ・バン」は瞬く間に成功を収め、「ウブロ」は高級時計市場で確固たる地位を築くこととなった。そして2008年、クロッコは「ウブロ」を世界最大のラグジュアリーグループである「LVMH」に売却。経営の第一線からは退いたものの、ブランドの発展に関わり続けながら、MDM財団を通じて人道的・環境保護活動にも力を注いでいる。

カーロ・クロッコの時計業界への影響は計り知れない。彼が先駆けた異素材の活用は高級時計製造の在り方を変え、伝統的な職人技にとどまらない革新の道を開いた。「ウブロ」は今もなおクロッコのビジョンを受け継ぎ、伝統と現代性を融合させるブランドとして確立されている。クロッコは、現代時計業界において重要な存在であり続けている。


